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家族のカタチ

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こんな言い方をするとちょっと語弊があるかもしれないのですが、弊社に、ご依頼をいただく中でも7~8割くらいは、何かしら「あまり公にしたくない事情」をお持ちのご家族です。世の中の流れとしても、私も含め「離婚」することが特別なことではなくなり、更にチョット前までは「バツ1、バツ2」なんて言葉がありましたが、いまでは未婚者が男女ともに増えていることから結婚経験があるので「マル1、マル2」と表現することもあるそうです。

確かに「家族のカタチ」にもスピード感が増し、日々様々な問題が取り沙汰され、特にこの頃私が「このままではいけないのではないか?」と危惧している問題には「おひとりさま問題」「8050問題」があります。

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「終活おひとりさま相談室」ブログ記事 参照ください。

 

http://www.tsubaki.nagasaki.jp/blog/1368

 

「普通のカタチ」がどうなのか?定義がわかりませんが、

例えば葬儀で日常的なのは、ご家族の中の「おじいちゃんもしくはおばあちゃん」が亡くなり、その長男が喪主となり長男の嫁、その子供(じいちゃんからみれば孫)たち、さらに子供の子供(じいちゃんからみればひ孫)がおり、次男や長女の家族もいて、じいちゃんばあちゃんの兄弟の長男や長女がいて、その子供が・・・・と続くわけで、どんなに家族だけで「家族葬」を執り行いたくても、こっちの親戚に声をかければ、こっちに知らせないわけにいかなくなり、結局終わってみれば50人を超える参列者で「家族葬なのか一般葬を小さくしただけか、わからない」状態の葬儀。

「じいちゃんよかったね!幸せだったね!」的なものは弊社へのご依頼少ないです。

それが「いい葬儀」とか「悪い葬儀」とか「価値ある」とか、そういうことではなく、そんな絵に描いた「幸せなカタチ」はだんだん減っているように思われるのです。

 

なぜ弊社に「普通のカタチ」の葬儀のご依頼が少ないか?自分なりに考えています。

1.「普通のカタチ」のご家族はある程度予算をお持ちで、山奥の小さな葬儀社に依頼する必要がない。

2.参列者が多いので山奥では不便だ。

3.互助会の会員なので、その権利を使用したい。

  (弊社は会員制度がありません。それは会員価格よりお安いからです)

4.・・・・知名度が低い・・・・・あんなところ・・・・大丈夫かな?

5.「家族葬」では世間体が悪い。華やかにみおくりたい。なにより隠す必要がない!

 

すみません。笑わないでください。これでも一生懸命ブログを書いたり、考えられる営業はしているつもりです。

逆にとらえると、そのような「普通のカタチ」が減っているので弊社へのご依頼が増えているわけです。

「メモリアル布巻斎場」から「家族葬つばき会館長崎南斎場」になり、おかげ様でご依頼が随分と増えました!!!

弊社をご利用になるご家族様は、新聞の「訃報欄」に掲載されることがほとんどないため、あまり稼働していないと思われがちです笑

 

話が逸れました。

 

最近だけでも(ご家族の了解のもと書いています)

 

「6月にお父さん、8月にお母さん」が続けて亡くなり、兄弟もいない彼女は18歳にしてひとりぼっちになりました。

 

未婚だった妹が、精神的な病気で亡くなり、離婚後同居していた弟がおひとりで「直葬」おみおくり。

 

文字にすると、とても冷たく「へえ~そんな人いるのか。かわいそうに・・・」みたいな感じにとらわれるかもしれませんが、

どんな形の葬儀であれ「その方にとっては、大切な大切な ひとつのいのちの旅立ち」なのです。

 

ここからは、ご家族に「ブログに書かせていただいてよろしいですか?」と許可をいただいております。kurumaisu_obaasan

大正生まれのおばあちゃんは、車いすがないと生活できません。認知も随分進んでいます。

おばあちゃんには4人の子供がいました。長男、長女、次女、三女。三女は50代で数年前に亡くなりました。その時もひどく悲しみました。どんなに年をとっても自分の子供が先に旅立つのは悲しいことです。現在長女が同居して介護しています。

 

今度は長男が65歳で亡くなってしまいました。ガンがみつかったときにはもう既に手の施しようがなく「終末医療の病院」で最期を迎えました。

おばあちゃんは、「認知症」のため、いろんなことが理解できないのですが、なぜかこのことは直ぐに理解し、臆することなく大きな声で泣きました。涙はずっと流れ続け、お通夜の席、告別式の席とずっと泣いておられました。

 

さいごに棺の蓋を開けて「お別れの品物やお花」をたくさんお入れし、棺はとてもきれいに飾られました。亡くなられた長男さんはとても「イケメン」できれいに湯灌を施したお顔は本当にきれいでした。

 

棺の蓋を閉める時間がやってきました。

 

「名残惜しいとは存じますが・・・・そろそろお棺の蓋を閉じさせていただきます。」と、私が皆様に宣言します。

 

の筈なのに、私の口からその言葉がどうしても出てきません。その代わりに自分でもぬぐい切れない涙が流れて流れて止まらなくなって、困ってしまいました。

「すみません。私が泣く場面ではないのに申し訳ありません。」懸命に「名残惜しい・・・」のくだりを申しあげ、棺の蓋を閉じたのでした。もう参列のもみなさまも十分に泣かれておられたと思いますが、私があまりにも泣くのでつられてか?皆様全員(15名くらいの小さな家族葬でした)さいごは多分皆様涙を流されていました。

 

その後いつものように私は霊柩車の運転席に乗り込みました。

おばあちゃんは車いすなので、他の車に乗り、私の横には若い男性が「ポツン」と乗りました。

 

実は私が涙したのは、おばあちゃんのこともさることながら、この若い男性の存在でした。

彼もお父様によく似て「イケメン」です。とても長いまつげに切れ長の目。ほんとうにお父様にそっくりです。

 

彼は亡くなられた長男さんの一人息子でした。到着された時のなんとなく感じる「アウェイ感」が・・・・

記入した資料の名字が、お父様と違っていたので、「死亡届」を記入したときに「死亡した人の配偶者がいるか?いないならなぜか?」みたいな欄があるのですが「離婚」になっていたのを思い出したのでした。いくつの時にご両親が離婚されたのか?誰とも話をしないその雰囲気からずっと連絡とりあっていなかったのだろうと予想できました。

お通夜でも葬儀でもなんとなく「ポツン」それなのにお席は「喪主」の横。

 

どれだけの辛さを抱えて、どんな気持ちで今ここに参列しているのだろう?父親への再会が「葬儀」

父親を恨んだり憎んだりしてはいなったのか?もう今は許せるのか?

とにかく「どんなにつらいのだろうか?」と考え涙が流れて流れて止まらなくなったのでした。

 

自己開示をしてしまっていいのかわかりませんが、私の息子も多分同じです。2歳になる前に父親と離れ離れになって、父親のことは私に聴いてはいけないと思っているのか?気を使っているのか?ほとんど尋ねることはありません。父親には新しい家族ができ全く交流はありません。万一父親になにかあっても、きっと知らせは来ないでしょう。

 

果たしてどちらが幸せなのか?「最期に会えてよかったのか?」「知らずに後で知ればよかったのか?」

 

答えはでません。自分の息子のことと重なって、涙が流れたのでした。

 

話はまだまだ続きます。

 

彼の母親(亡くなった父親の元嫁ですね)は「若年性アルツハイマー」を患っていて、彼は毎日介護をしているのです。

8月30日 父親が亡くなったその日は 彼の母親の誕生日でした。

そのうえ、彼女はその日体調が急変し、入院したのでした。(元旦那の死は知らせていません)離婚した後もご両親は仲が良かったとおっしゃっていました。

こんな過酷な人生を、すこし笑みを浮かべながら「あまり誰にも話してないんですよね」と言いながら、話してくれました。

 

「家族のカタチ」それは様々です。

 

離婚しようと思って結婚する人はいないと思います。きっとこのご夫婦も幸せな時もあったはずです。その結晶が彼です。

 

せつなすぎました。

 

合掌

 

 

 

 

 

 

 

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