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代表ブログ

家庭の習慣

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今年のお盆(夏休み)休みは、コロナの関係で自粛推進のようですね。全てが通常と違う日常ですね。

 

8月9日は、75年前に長崎市へ原子爆弾が投下された、私たち日本人にとっても世界にとっても悲しい歴史の日です。長崎に住んでいる私は、身近に感じます。

 

小学4年生の時に、父母弟と私の4人で当時住んでいた、大分県湯布院町から長崎市と島原市へ夏休み旅行しました。後で知ったのですが、当時父が軽いウツになっていたらしく、静養避暑を兼ねて島原市の旅館に1か月滞在したのでした。父が「うつ」だったことは、最近知りました。

その時初めて原爆資料館を見学し、あまりの悲惨さに正視できなかったことを覚えています。戦争に対する恐怖などよりも、とにかく「怖い」印象でした。作文にも書いたと思います。

そして迎える8月12日は更に一生忘れることはないだろう「JL123便墜落事故から35年」です。

なんとも重苦しい夏なのです。何も知らずに島原の旅館のプールではしゃいだ子供のころとは違う感情。

 

私は、泳ぐのが大好きで「海」も「プール」も大好きです。航空会社時代はスキューバダイビングにはまり沖縄移住を計画したくらいでした。泳ぎを覚えたのはこの小学校4年生の島原のプールです。最近その旅館に行ってみたら、違うホテルに変わっていて、ちょっと寂しかったです。

 

家族の習慣っていろいろあると思うのですが、私の子供のころは父が元自衛隊員だったから?いろんな免許証を持っていて自家用車でよく旅行に連れて行ってもらいました。夏休みとお正月休みは割と旅行に連れて行ってもらったと思います。日常では、父の職場が自宅となりの建物だったので、朝起きると父は新聞を4紙くらいは広げていたような気がします。学校から帰ると学校の宿題は強要されず「父から出された課題」をさせられて、座敷に正座して父の帰りを待ち「お父様おかえりなさい。」とその課題を提出させられました。していないときは剣道有段者の父から竹刀で叩かれました。

今考えると、とんでもない習慣です!だから私は父のことがいつも怖くて嫌いでした。

大人になった今は、おかげで勉強はよくできる方だったと感謝しています。そして亡くなった後で、父の愛情の深さを考えるようになりました。

おとなになって、いろいろなご家庭へお邪魔すると、その家庭の個性?みたいなものに触れて面白い習慣があるんだなあと感心することも度々ありました。

例えば彼氏の家にご飯お呼ばれして、食卓を囲むと自分の家では考えられない「コーラ片手にご飯を食べる」お宅、牛乳もあり。お父様が晩酌をずっとされて、なかなかご飯にたどり着かないお宅。いろいろありますね~。

 

食事の支度をするキッチンに私は小さなゴミ箱をシンク横に置いて、ちょっとしたゴミをいれるのですが、独り暮らしを始めた息子がそれをマネ?してた時は、「これぞ我が家の習慣だ」って気持ちがほころびましたね。

 

自分では気づかない、自分の家独特の習慣があります。この夏はそれを遠くから感じてみてください。

お盆は一緒に過ごせなくても、亡くなったおじいちゃんおばあちゃんに思いを馳せてください。

 

きっと、違った意味で心に残るお盆になることと思います。

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